転生自由人のホームページ

今後、どういう仕事をAIが担っていくのかと考えると、人間がパソコンでやっている仕事の多くだろう。パソコンは人間の仕事道具ではなくなっていくのではないか。パソコンが登場する前の昭和時代のデスクには、書類、電話、電卓、灰皿などがあったけど、そのうち、デスク自体が不要になるのかもね。
会社のバックオフィス機能はAIが担っていくことは確実で、多くのホワイトカラーは対人サービス労働に移行させられるだろう。つまり、営業・接客・コンサルだ。ホワイトカラーはコミュ力に自信がないと厳しい世界になりそうだ。自分のようなコミュ障は結果的に脱落して良かったのかもしれない。
AIエージェントの登場で人間の仕事がどんどん不要になってきた。定型的なホワイトカラー労働などは、もう人間がやる時代ではないだろう。会社は不要になった社員にどうやって出ていってもらえるかを考えているはずだ。かつての自分が会社に居座っていたとしても、確実にリストラ要員になるだろうな。
15年前の為替相場を見ると、1ドル=80円を切っていたのだから驚く。日本円での購買力は単純に半分近くになっているということだ。賃金が倍になるならともかく、これでは生活が苦しいのは当然だ。アベノミクスの三本の矢は見事に全部外れたが、異次元緩和という劇薬の副作用は甚大だろう。
焼け石に水。止まらない円安に対して、政府側の協調介入があったそうだが、この言葉が真っ先に浮かんだ。何事も原因があって結果がある。原因の膿を排除できずに、火消しをしても意味がないのは馬鹿でもわかることだ。利上げの範囲も限定的な状況で、日本円はこのままでは通貨危機になるのではないか。
それでも、有形資産としての子孫。無形資産としての法人。という2つの人格を育て、資産として残すことを自分に課すことは、まあまあ健全なのかもしれない。ただ、法人は子孫にとっての檻にならないように、取捨選択は任せるという遺言は必須だろう。
「サピエンス全史」の法人の話で「ルノー」の言及があったと思う。自分が遺せるものは何だろうと思っていた時に心に浮かんだのは、その「法人」だった。法人はメンテをすれば寿命を持たない不思議な存在だ。ただ、子孫の重荷になることは想像できるし、これが原因で亀裂となる例も数多あるから微妙だ。
若い頃から、教育の領域を文系と理系で真っ二つに分けてしまったのは大きな損失だと思う。自分はド文系だから、仮説と検証という理系的態度が圧倒的に欠けている自覚はある。特に事業は実験に近いから、仮説と検証への忍耐という基礎体力が欠かせない。自分の事業がポンコツな原因はそこなのだろう。
人間をはじめ、すべての生物の遺伝子には子孫繁栄という削除不可能なプログラムがプレインストールされている。人間は他の生物とは違う?リベラルな観念でそれを強引に捻じ曲げようとしても、それは無理な話だ。遺伝子に素直に従うのが幸福への道だと思う。子宝というのは金では買えない至上の価値だ。
普通の家庭をもつことが困難になったのは、少子高齢化に拍車をかける大きな社会問題だ。サザエさんの時代の方がみんな幸せそうだったと思うのはただの懐古主義だろうか。男女平等をはじめ、リベラル化が急進する社会で人々は本当に幸せに向かっているのか?現代のリベラルは観念の暴走にも思える。