転生自由人のホームページ

そもそも「資本とは何ぞや?」という問いがある。実利の話だから、学問的世界観はどうでもいい。ロバート・キヨサキは「あなたのポケットにお金を運んでくれるもの」と回答した。これがシンプルでいいと思う。端的に言えば、「鶏」や「ガチョウ」でもいい。価値や利益を産み続ける構造体が資本だ。
ある意味、荘園制度は資本主義の原型だったのかもしれない。土地、生産設備などの資本を持たない小作人が領主のために働き、年貢を納めるというのは、現代のサラリーマンとあまり変わりがない。結局、資本をもたなければ経済の世界では支配される運命なんだ。この原則は古代から変化がないのだろう。
佐々木俊尚さんの「仕事するのにオフィスはいらない」から「仕事するのにパソコンはいらない」の時代に進化しようとしている。キーボードもなくなって、音声入力だけになるのかも。いずれ「仕事するのに社員はいらない」の時代になるのかも。サラリーマンとは荘園制度の小作人と非常に似ている。
ホワイトカラーのサラリーマンだけでなく、ITとかデザインとかのフリーランス業もかなり厳しくなるだろうな。今の時代ほど、変化への対応力が求められる時代はないのではないだろうか。医者、弁護士などの上澄み以外は、お受験を頑張って、学歴を獲得してもコスパはかなり悪そうだ。すごい時代だな。
ずいぶん前に、ジェームズ・ディーンの「エデンの東」を何の意味もなくボーッと観たけど、旧約聖書の物語に由来する言葉だったことを知らなかった。故・落合信彦氏が諌めた、無知の知ではなく、無知の痴だ。旧約聖書(エデンの園、カインとアベル)を勉強して、もう一度、観直さなければ。
塾の夏期講習に通っていると思われる子供を見ると、余計なお世話だけど、複雑な気持ちになる。もうAI時代に入り、社会はゲームチェンジしてしまった。AIと知能で戦うのは、竹槍でB29と戦うようなものだ。お受験競争は消滅しないけど、この子達はどのような将来を目指しているのだろうか?
金は魔物で、本来は「生きるために金を得る」だったはずが、「金を増やすために生きる」という主客転倒に陥りやすい。金は生活を買うためのチケットなのに、集めることに夢中になると、生活で使う時間を失うというパラドックスがある。
古代ギリシャ哲学者のタレスはオプション取引の祖としても有名だけど、卓越した自然観察と人間観察ができれば、金などいくらでも得られることを自ら証明したそうだ。何より、金などにはまったく興味がなかったのがいい。金は偉大な発明だが、人類を金の奴隷にした。同じ奴隷でも小麦より悪質だろう。
サブスクでAIエージェントをこき使ってみると、かつてサラリーマンだった自分もサブスクで会社にこき使われていたんだなと腹落ちしてしまう。定額なら使わなきゃ損という心理は当然だ。頑張って出世して年収を上げても、容赦無く納税させられるし、構造的にどうしようもなく不利な立場なんだよね。
事務職という職業は、今後、寄せ集めの雑用係となるのだろう。総務とか庶務とか言われる仕事だけど、社員ではなくパートや派遣で十分だろう。そうなると、自分のようなコミュ障人間の居場所が会社になくなってしまい、路頭に迷う人が続出するだろう。世の中が不気味に急速に変化していることを感じる。