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【会社員研究:後編】会社員のメリットとデメリット

前編では、学校と家庭を通じて、会社員という生き方が社会のスタンダードとして再生産されていることを書いた。

しかし、これほど多くの人が会社員になるのは、学校教育によって仕向けられているからだけではない。会社員という仕組みに、極めて大きなメリットがあるからだ。会社員は、自分の労働力を一つの会社へ継続的に販売し続け、その対価として毎月給料を受け取る。自営業者のように、毎月自分で商品を売ったり、顧客を探したりする必要はない。

では、会社員という安定した身分を手に入れることで、私たちは何を得て、その代わりに何を失っているのだろうか。

会社員はよくできたサブスク商品

会社員の最大のメリットは、やはり収入が安定していることだろう。会社の売上が多少上下しても、給料は毎月決められた日にほぼ決まった額が振り込まれる。自分が担当した仕事が直接利益につながらなくても、すぐに給料が減るわけではない。営業、集金、資金繰り、税務なども、基本的には会社がまとめて引き受けてくれる。

自営業者なら、病気で働けなければ、そのまま収入が止まることもある。仕事がなくても、家賃や社会保険料などの支払いは待ってくれない。売上が上がっても、そこから経費を差し引かなければ、本当の利益は分からない。

その点、会社員は、自分の労働力を毎月定額で会社に買い取ってもらうサブスク商品ともいえる。給料だけでなく、健康保険、厚生年金、有給休暇、雇用保険、福利厚生なども付属している。会社員は、現代社会がつくり上げた、非常によくできた安定システムなのである。これは非常に強力なメリットである。

大きな組織の力を利用できる

会社員は、個人では所有できない設備、資金、技術、ブランド、情報、人脈などを利用して仕事ができる。個人が一人で自動車や鉄道をつくることはできない。銀行を運営することも、大規模な研究開発をすることも難しい。会社という組織に所属することで、一人では実現不可能な仕事の一部を担当できる。

また、会社員は、自分自身の信用だけで仕事を取る必要もない。有名企業の社員であれば、本人がまだ若く、経験も浅い無名者であっても、会社の看板を背負って取引先と交渉できる。住宅ローンや賃貸住宅の審査でも、会社員という身分は信用されやすい。会社員とは、個人の力だけで働くのではなく、組織が蓄積してきた巨大な資産を借りて働く仕組みでもある。

仕事だけでなく生活まで用意される

会社が与えてくれるのは、給料と仕事だけではない。毎朝起きる時間、通う場所、一日の予定、話をする相手、社会的な役割、他人から評価される機会まで用意してくれる。会社へ行けば、自分で一日の過ごし方を決めなくても、やるべきことが待っている。上司から仕事を与えられ、同僚と相談し、期限までに処理する。仕事を終えて帰宅し、翌朝になれば、また会社へ向かう。

これは拘束である一方で大きな安心でもある。会社員を辞めるとわかると思うが、すべてを自分で決めなければならない自由は、意外に重い。何をして、誰に売り、いくら請求するのかを毎日自分で考えるより、会社から与えられた仕事をこなす方が楽なことも多い。会社員という仕組みは、収入だけでなく、生活の時間割まで会社へ外注できるパッケージ商品なのである。

安定と自由のトレードオフ

もちろん、会社員の安定は無料ではない。会社員は安定した身分と給料を得る代わりに、自分の時間と労働力を会社へ差し出す。何をするか、どこで働くか、誰と働くか、いつ休むかを、すべて自分で決められるわけではない。

やりたくない仕事を命じられることもある。苦手な上司や同僚とも働かなければならない。転勤や配置転換によって、仕事や生活が大きく変わることもある。自営業者は収入が不安定だが、仕事を選ぶ裁量は比較的大きい。会社員は収入が安定している代わりに、仕事に対する裁量を会社へ預けている。

安定と自由はトレードオフの関係にあるのだろう。会社員のキツさは、必ずしも仕事が大変だからだけではない。自分では選べない仕事を、自分では選べない相手と、自分では決められない時間まで続けなければならないことにもある。

分業によって仕事の意味が見えなくなる

会社という組織は、分業によって徹底的に効率を上げる。一人ですべてを担当するのではなく、営業、製造、経理、人事、システムなどに仕事を分け、それぞれが一部分を受け持つ。分業が進むほど、一人ひとりの負担や責任は限定され、専門性も高まる。

しかし、分業が細かくなりすぎると、自分の仕事が最終的に誰の役に立っているのか分からなくなる。チャップリンの映画でも描かれたが、よく言われる「歯車」というやつだ。毎日、会議に出席し、資料を作成し、社内調整をしている。しかし、その仕事がどの顧客にどんな価値を与え、なぜ会社の売上につながっているのかは見えない。

自営業者の多くは、顧客から直接依頼を受け、仕事をして、代金を受け取る。自分の仕事の結果が見えやすく、顧客から直接感謝されることもある。一方で、巨大組織では、仕事の意味が何重もの分業の中に埋もれていく。自分の仕事の成果より、組織の中で正しく手続きをしたことや、仕事を回す方が重要になることもある。会社員が仕事に虚しさを感じるのは、労働そのものが嫌だからではなく、自分の仕事とその結果がつながって見えないからなのかもしれない。

会社へのオールイン人生

会社員は、給料だけでなく、生活の多くを一つの会社に依存している。収入、社会保険、肩書、信用、人間関係、毎日通う場所、社会的な役割。これらの大部分を一つの会社が提供してくれる。便利である一方、これは大きな集中リスクでもある。

投資の世界では、一つの銘柄に全財産を投じることは危険だとされている。ところが会社員は、自分の労働力だけでなく、人間関係や社会的信用、さらにはアイデンティティまで、一つの会社へ集中投資していることがある。会社が順調で、自分も元気に働けている間は、そのリスクは表面化しない。しかし、倒産、リストラ、病気、介護、退職などによって会社との関係が切れれば、多くのものを同時に失う可能性がある。

会社員のリスクとは、毎月の給料が不安定なことではない。給料が安定しているために、その会社へ人生の多くを集約しすぎてしまうことなのだ。

会社員は強力なメンバーシップ制度

日本では、職業より会社への所属が、その人の社会的な立場を示すことが多い。「何をしている人なのか」より、「どの会社でどんな役職に就いているのか」が重視される。会社の名刺を出せば、相手の態度が変わる。役職が上がれば、部下や取引先から敬意を払われる。会社の信用と権限が、自分自身の力であるかのように感じることもある。

しかし、会社名、役職、決裁権、部下、予算などは、本人が所有しているものではない。会社に所属している間だけ、一時的に貸し出されているものだ。会社を辞めれば、すべてを会社へ返却しなければならない。それでも長年会社に所属していると、「会社の中の自分」と「自分自身」の境界が曖昧になってくる。会社員というメンバーシップが、その人のアイデンティティの大部分を占めるようになる。

定年という解雇で会社員人生は強制終了する

会社員という身分は、本人が望んでも永遠には続かない。多くの会社員は、「定年」によって会社員人生を強制終了される。定年とは年齢を理由とする解雇に他ならない。昨日まで毎日通っていた会社へ、翌日から行かなくなる。名刺も役職もなくなり、部下から相談されることも、取引先から連絡が来ることもなくなる。

失うのは給料だけではない。毎日行く場所、人間関係、社会的な役割、自分が必要とされているという感覚まで、一度にすべてを失う。そこで再雇用や嘱託という制度に頼ることになる。年金を受け取るまでの収入を確保するという意味では、合理的な選択である。ただ、ほかに行き先がないために再雇用を選ぶのだとしたら、それは新しい仕事を選んでいるというより、会社員という身分を延命しているだけともいえる。仕事の内容がそれほど変わらないのに、役職と給料を下げられても会社に頼るのは大きな屈辱ではないだろうか。

会社の外では何者なのか

会社員というメンバーシップを失ったとき、最後に残るのは、「自分は何をできる人間なのか」という問いである。

会社の看板がなくても、誰にどんな価値を提供できるのか。役職がなくても、社会の中でどんな役割を果たせるのか。毎朝会社へ行かなくても、自分で一日を組み立てられるのか。会社員である間は、こうした問いに答えなくても生活できる。会社が仕事と居場所と評価基準を用意してくれるからだ。

しかし、会社員という身分がなくなれば、借り物の肩書きは全て奪われ、自分自身の職能や人間関係、興味や役割によって、自分を説明しなければならない。定年後のアイデンティティの欠乏感は、会社を辞めた瞬間に突然生まれるわけではない。会社の外に自分をつくらないまま、何十年も過ごした結果なのだろう。

会社員だけで人生を完結させない

だからといって、必ずしも会社員を辞める必要はない。誰もが独立したり、自営業者になったりする必要もない。現代の世の中は大量の会社員で成立していることは事実だ。個人によって向き・不向きは必ずある。

不器用な自分にはできなかったが、会社員という安定した仕組みを利用しながら、会社の外にも少しずつ自分をつくればいいのだと思う。会社の外でも通用する職能を育てたり、会社以外の人間関係や居場所を持つ。創作、地域活動、小さな商売、資産形成など、会社とは別の柱を少しずつ育てていくことが大切だと思う。会社員であることを職業や人格そのものにするのではなく、収入のための一つの手段として捉える。

会社員という安定身分の最大のリスクは、会社が不安定になることではない。あまりにも安定しているため、会社の外で生きる準備をしないまま、長い年月を過ごしてしまうことなのではないだろうか。

updated: 2026-07-20 11:48:32