【会社員研究:前編】学校は会社員の養成所
学校の終盤に就職活動をして、学校を卒業したら、会社に就職する。多くの人にとって、それは進路の一つというより、あまりにも自然な流れになっている。なぜ、これほど多くの人が当然のように会社員になるのだろうか。その理由の一つは、会社員になるための準備が、学校教育から始まっているからではないだろうか。
学校と会社はよく似ている
学校では、決められた時刻に決められた場所へ通う。チャイムが鳴れば行動を切り替え、先生の指示を聞き、与えられた課題を期限までに提出する。遅刻や欠席は記録され、試験や通知表によって評価される。集団生活では、空気を敏感に読み、周囲から大きく外れないことも求められる。
学校を卒業して会社へ入ると、先生が上司に、時間割が業務予定に、通知表が人事評価に変わる。制服がスーツや作業着に変わっても、決められた場所へ通い、決められた時間、指示されたことをするという生活の基本構造はあまり変わらない。
もちろん、学校は知識や教養を身につける場所でもあり、会社員をつくることだけが目的ではない。ただ、その仕組みが会社員生活と非常によく似ていることも確かだろう。
学校は工場労働者の訓練校だった?
この学校という仕組みは、戦後の大量生産・大量雇用の時代に、とてもよく適合していたのだと思う。戦後は大量の工場労働者を必要としたが、工場では決められた時刻に多くの人を集め、同じ規格に従って、組織的に製品をつくらなければならない。
その社会では、読み書きや計算の基礎力以外にも、時間を守り、指示を理解し、集団で行動できる人材が大量に必要になる。工場労働者に求められるのは、長時間労働や単純労働への耐性であり、上司への従順さである。
今でも学校で鳴り響く「キーンコーンカンコーン」のチャイムは、工場のそれと全く同じものであることは象徴的だ。
労働力の再生産
経済学には「労働力の再生産」という興味深い考え方がある。「労働力」とは、労働者が唯一もつ「商品」であり、毎朝起きて職場へ行き、指示を理解し、一定時間働ける身体、知識、能力を含んでいる。あまり現実では認識できないが、会社員は自分の労働力という商品を会社に販売しているのだ。
人間は働けば疲れる。食事をして、眠り、衣服や住居を確保し、心身を回復させなければ、翌日も働くことはできない。マルクスは、労働者が生活を維持し、再び働ける状態になるために必要な経費が「給料」だと説明した。端的に言えば、会社員の給料とは「生活費」である。独身の有能な若者より、働かないおじさんの給料が高かったりするのは、おじさんが養う家族の養育費も含まれているからだ。
さらに、驚くべきなのは、労働力の再生産には、自分の労働力だけでなく、次の世代の労働者を育てることも含まれていることだ。学校では、次世代の労働者に読み書きや計算を教え、時間を守り、集団に所属し、外部からの評価を受け入れる習慣を身につけさせる。会社が完成した労働力を雇用できるのは、それ以前に家庭と学校が長い時間をかけて、人間を育てているからでもある。そのため、「給料」には「教育費」も含まれている。
会社員の再生産
親が会社員の場合、子どもが親の仕事を見る機会はほとんどない。親が朝になると家を出て、夜に帰ってくることは分かる。しかし、会社で誰に何を提供し、それがどのように売上や給料につながっているのかは見えない。子供が会社員の親の仕事を手伝うことなどはありえない。
一方で、自営業者の家庭では、仕事と生活の距離が近い。注文を受け、商品を仕入れ、値段を決め、客に提供して代金を受け取る。売れなければ収入はなく、売上から経費を引いた残りが利益になる。子どもが仕事を手伝いながら、商売の仕組みを知ることもある。
会社員の家庭では、親も会社員、友人の親も会社員、学校の先生も雇用されて働いている。学校を卒業した友人たちも、当然のように会社員になる。周囲が会社員だらけの環境では、「就職=会社員になること」のように見えてくる。会社員を積極的に選んだというより、ほかの働き方をほとんど知らないまま、既定路線に乗っている人はかなり多いのではないだろうか。
会社員は職業ではない
しかし、そもそも、会社員は「職業」ではない。整備士、技術者、営業、経理、編集者、販売員などは、その人が何をするのかを表しているが、「会社員」という言葉が表しているのは、会社との雇用形態にすぎない。日本では、「仕事は何ですか」と聞かれて、「会社員です」と答えても普通に成立する。何をする人なのかを尋ねられているのに、どこかの組織に雇われていると答えているわけだ。
学校では何を学ぶかより、どの学校に入るかが重視される。就職では何をできる人になるかより、どの会社に入るかが重視される。中身より場所の方が大事だというのは、まったく、同じ話ではないだろうか。
会社員は一つの選択肢にすぎない
会社員という働き方には、安定した給料、社会保険、福利厚生、分業、組織の信用など、多くの利点がある。一方で問題があるとしたら、学校から会社へ続く一本道の中で、会社員という就業形態が唯一の現実に見えてしまうことだ。
現代では学校は、会社員になるためだけの場所ではないはずだ。しかし、私たちは会社員という生き方を、選択肢の一つではなく、「大人になったら当然そうなるもの」として身につけていく。何かを選択することは、何かを捨てていることだが、会社員という安定した身分を手に入れたあと、私たちは何を得て、何を失っているのだろうか。
後編へ続く
updated: 2026-07-19 10:31:21